DIARY

「ジョーカー」は私のヒーローだった

今公開中の映画「ジョーカー」。遅れ馳せながら観てきました。今日の記事は完全に日記です。
映画のネタバレも含んでいますので、閲覧される方は自己責任でお願いいたしますmm

私がジョーカーにはまったのは、摂食障害の症状がとてもひどい頃でした。
過食嘔吐を1日5Rほどしていた頃です。
ダークナイトに登場する狂気的なジョーカーは、まるで自分の鬱屈された心の代弁者のような、私のヒーローでした。
抑圧されて、苦しくて、叫びたい自分の気持ちを、ジョーカーに委ねて。狂気の中にある少しの人間的な部分に自分を重ねていました。

今日観た「ジョーカー」は、悪役と言われるジョーカーが誕生する経緯を描いた映画でした。
誕生の秘話が明かされると思いきや、結局ジョーカーお得意の謎に包まれたままだったのですが…。
そんなところも含めて、良い映画だったと思います。むしろ煙に巻いてくれて安心しました。
ダークナイトの、あのジョーカーの誕生秘話なんて、私は知りたくなかったのだと、この映画を観終わって気づきました。


この映画には、いくつかの笑い方が登場します。アーサーの苦しみから生まれる笑い、彼が大勢の一員になろうとするときの偽物の笑い――これが僕のお気に入りなんです――、そして最後にアーカム州立病院の部屋で見せるのが、唯一、彼の心からの笑いなんですよ。

監督のインタビューより

苦しいときほど笑わなければいけない、きっと摂食障害始め心の病気になったことがある人は分かると思います。
自分をも偽って、ひどい状況ほど周りに諭されまいと笑って、笑って。
ピエロのメイクはまさに、それの暗喩ではないでしょうか。

作中での絶望として、貧富の差、治安の悪化、政府の支援が打ち切られる環境。もろもろ描かれていたのですが、「母親のネグレクトと、虐待の傍観を知る」という行為が、最後の命綱を切る形になっていました。
人が追い詰められていく始まりと過程を、壊れる原因がすごくリアルに再現されていると思います。
唯一信用して、病気がちな母を看病してきたアーサーが、裏切られる瞬間の絶望を想像しては自分に重ね、とても苦しかったです。

「喜劇は主観だ」

悲劇を喜劇に変えるために、笑いたくない場面で笑うことが善か悪か、私にはまだ分かりません。
でも私はジョーカーにはなれない。何者にもなれない私の人生を喜劇にするために、何が必要なんだろう。

映画の感想を書くはずが、自分の人生と重ねて思いを馳せてしまいました。
そんな映画です。共感から自分のこれからを考える、そんな映画でした。

ダークナイト【Blu-ray】 [ クリスチャン・ベール ]

価格:1,650円
(2019/10/24 16:57時点)


私でよければお話しましょう:D

Twitterと、線引きがあったほうが気が楽な方向けにTIME TICKETもご用意しています。