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「愛着障害」と「摂食障害」

Twitter上で「愛着障害」がバズっていました。
この障害は家族関係の困難に紐づく障害で、アダルトチルドレンのように摂食障害の人との関わりも深い障害であると思います。
いつか記事にしようと思っていたので、このタイミングでまとめることにしました。

適度な栄養と、運動。健康で文化的な最低限度の生活は、これだけあれば送れると思っていました。
実際は全然足りなくて、人間は愛がないとうまく成長できません。
家族に愛されたい→独立したい→誰かを愛したい
という正常な流れを踏めないと、何かしらの形でボロが出て、ほころびを修繕する術もわからず、その穴は致命傷に広がっていきます。
思えば私も独立期によくある「反抗期」や「思春期」がありませんでした。
父が支配する独立国家において、愛されたいという最初の欲求が満たされなかったためです。

愛着障害って何?

生まれて2年目までに形成される通常の母子間の愛着形成;
通常の愛着が2-3年以内に形成されない場合には、愛着は遅れて形成される
とする愛着理論に基づいている心理学用語である。

愛着理論が用いられるのは、たとえば、里子・養子に出された幼児のように、生後すぐに慢性的な虐待を経験した幼児の行動障害を説明する場合などである。

Wikipediaより

「愛着障害」に明確な定義は今のところないのですが、上記のように、幼少期に適切な愛着関係を形成できなかったことが原因となる障害の総称として用いられています。
人との関わりがうまくできず、関係性を構築することができなかったり、精神的に不安定であったり、社会や対人関係に影響を及ぼすことが影響としてあげられます。

愛着関係を形成できないとは、どのようなことでしょう?
自分を例にあげてみると、いつもこんなことを思っていました。

  • 「なんで弟ばかり可愛がるの?」
  • 「なんで私を殴るの?」
  • 「生まれてこなければよかったの?」
  • 「醜いから?太っているから?」
  • 「話すとき上の空だね…私を見て」

一番愛情を必要とする幼少期にこのような気持ちばかり感じると、「自分の存在」に対して自信が持てなくなっていきます。これが愛着障害です。

では、愛着障害になると実際にどんな困りごとに直面するのでしょうか。
死に至るほころびは、どのように発生するのでしょうか。

自分を愛せない完璧主義者になってしまう

私もそうですが、自分のことを「愛される資格がない」「愛されるはずがない」「生きる価値がない」と、摂食障害になる前から思うことが癖になっていました。
前述の通り、虐待であったり、はたまたいじめであったり、肯定や愛情が乏しい環境や体験が発生源になっています。

「本気で愛されない」そんな風に思ってしまうこと自体が、この障害の恐ろしい影響です。
誰かに認められる甘い蜜を飲まずに育つと、常に心が栄養失調で、乏しくなっています。
結果大事な人を試したり、ただ生きているだけなのに悪いことをしているような罪悪感を感じたり、本当に「ただ生きる」ができなくなっていきます。

自己肯定ができないので、存在理由を探して過度に頑張る、そんな経験をした人も多いと思います。
勉強や運動、人への接し方、自分の生活…。完璧を突き詰めて突き詰めて、どんどん疲弊していませんか?
どんなに努力をしても、自分の優れている点を信じられません。むしろ足りない、と思ってしまいます。

普通に「生きるということは、常に完璧ではない」ということです。その当たり前が、障害のせいで理解できません。

味わえなかった愛を、他人に求めるあまり、自分を安売りすることもありました。
その頃、性交渉で得られた愛と、真剣交際で得た愛が同様のハリボテに見えました。雲泥の差があるこの2つを同様に評価してしまう、普通に考えたらありえないことです。
穴の空いた桶に水を流すようにこぼれて溢れて、乾いて満たされることはありません。正しい評価も判断もできるはずがありません。

摂食障害は「回避」の病

苦痛や不快さ、生きづらさを抱えながら日々を過ごすことは、ゆるやかな死を待つ状態と代わり有りません。

生きるための手段として、「摂食障害」は存在しているのだと思います。別名「回避の病」と言われるのもそのためではないでしょうか。
自分を騙して、苦痛をごまかし、神経や心をも麻痺させ、食べ物に依存することで、必死で生きる理由を作ろうとします。
これがとても苦しいと知っていても、生きるための手段を依存以外に持っていません。

学校や会社に行くと、幸せな人を見る機会も多いと思います。私も外に出ては誰かと自分を比べて、劣等感を抱いていました。
明るく笑って、存在意義や理由がある彼彼女らを見るたびに、私もそう「擬態しなければ」と思います。

暗い気持ちや完璧でない自分を忘れるために、摂食障害は存在しています。
心の奥底ではとても冷静に、「いつ死のうか」と考えながら。

光はどこにある?

自己肯定感がないとはよく言うものの、具体的にどうしたら良いのでしょう。そもそも頑張れる状況ではないので、急に自分を大切にできるはずがありません。その経験がないので当然です。
そんな状態なので、この障害を一人で乗り越えるのはとても大変です。私は無理でした。
誰かに認めてもらうことなく、乗り越えることはできません。

多分、一番良いのは家族に愛情を再度もらうよう、機能不全を改善することだと思います。到底無理な話です…。

なので、信頼できる友達やパートナー、あるいはコーチングや病院でも、とにかく自分の状態を包み隠さず話せる心理的安全性が担保された状況で、「大丈夫だよ」と言ってもらうようにしましょう。その一言だけで良いと思います。心の栄養が補充されると、今度は自分自信でもちょっとずつ、ほんとにちょっとずつ完璧を手放すことができるようになってきます。
場合によっては、TwitterなどのSNSでの交流もとても力になると思います。
※オンラインで頑張る必要はないので、逆効果であればすぐに辞めて大丈夫です。気張らないでください。

本来、生きることに理由も完璧さも不要です。
私がそうなように、何も趣味や特技、生きる目的すらなくても、死ぬ必要なんてありません。
徐々に生きることに理由を求めないようになれれば、愛着障害も摂食障害も手放すことができると思っています。

「あなたは悪くありません。よく生きるためにいつも頑張っていて、本当に偉いです。」

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