SESSYOKU_LOG

摂食障害に、なったきっかけ

過度なストレス、機能不全家族、いろいろな要因はあれど、摂食障害になる明確な原因はなんだったのでしょう。

私の場合、それは「ダイエット」の開始だったと思っています。
徐々に歪む美意識と、体重への執着。振り回されるようになるまでのきっかけをまとめてみました。

自分を認められない

前提としてあったのが、この自己肯定感の欠如です。
私の場合は機能不全家族が原因の一つでしたが、あるべき姿と、現状のギャップがひどく、自己卑下ばかりしていました。
愛されたい、特別になりたいという思いがいつしか、「特別にならなきゃいけない」という義務と恐怖に変わり、今の自分は不完全だから愛されなくてしようがない。と思っていました。
私は特別になれるという根拠のない思い込みが、普通の生活から自分を遠ざけ首を締めていきます。そのままを受け入れられない、どこかで、自分が特別な存在なんだという思いがじわじわと溢れ出る人生を送ってきました。

鏡を見るたびに自分の粗を探し、痩せれば特別に、完璧になれるかもしれないと過度な期待を抱くようになります。

誰かに言われた一言を忘れられない

「おいデブ」を初めとした何気ない一言、悪意のあるそれが、消化不良となって積み上がっています。
崩すこともできず、ずっとずっと積み上げてきた石が、心を圧迫した状態です。
自己肯定ができないので、言われたことはその通りだと傷つきます。
また、八方美人で否定ができない性格も災いし、自分を変えなければと思うようになりました。
私の場合は、父から言われた「豚」という言葉、誰かが言った「○○ちゃんは細いから可愛い」という言葉、そんなものが蓄積されて、今の自分をもっともっと否定する材料になりました。

ダイエットを始める

心を無視することに長けているので、自分の空腹を管理し、ダイエットすることは安易です。
数字として目に見えるものであることも満足できる大きなバロメーターで、減っていく体重計の数字を見ては多幸感を噛み締めていました。

管理が大得意で、変に勤勉なので、一日のカロリーや食べる時間を計算しつくして過ごしていました。

「痩せたね」の褒め言葉が、何よりうれしくて、もっと綺麗に、もっと可愛く=もっと痩せたいの変換をし、制限が加速していきます。

いつの間にか、普通のダイエットではなくなる

ダイエットというものは、世の中に溢れすぎています。
コンビニに行けばカロリーや糖質を抑えたメニューが売っていて、雑誌を開けばダイエット特集。
そんな状況が「普通」で、摂食障害はこの普通の延長に存在すると思っています。
なので異常にうすうす気づいていても、認められないし、普通だと思っていました。

何を犠牲にしても、体重を減らすことを毎日考えていました。

その過活動を、拒食を、やめようと思えどもやめられない。自分の意思でどうにもできなくなったとき、始めて自分がおかしいと思いました。
友達と遊べない、集中できない、過活動だから働きまくる、生活に支障も出始めていました。
気づいたからといって手放すことはできなかったのですが…それがわたしの摂食障害の始まりです。

この頃から、「自分の予定より、一口多く食べた」という後悔を、100g増えたという絶望を、24時間抱えてすごすようになりました。


やっと手に入れた特別を、痩せたねと褒められた嬉しさを、美だと思った儚さを、手放せない恐怖心が摂食障害のきっかけでした。
今でもなお、異常な細さを綺麗だと思うことがあります。人生をやり直せるわけではないので、この歪んだ気持ちとはうまく付き合うほかありません。そして羨む気持ちや、比較する気持ちは徐々に手放すしかありません。

摂食障害になってからはあっという間で、管理が得意なはずなのに、「コントロールできない」ことで負い目を感じて、苦しむ日々で若い時間をトイレに流していきます。

摂食障害は寛解する病です。
そうか、病気だったのか、と受け入れられるようになるために、きっかけを整理するのは大事な作業かもしれません。


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