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摂食障害で入院、日記から振り返る

私が入院した第一目的は、「治す」ではなく、管理されたかったから、太りたくなかったからです。
1日何Rもの過食嘔吐、吐き残しによって増えていく体重、そして自分で自分をコントロールできない恐怖。自傷頻度も増え、「管理さえしてくれれば」「食事さえ用意してくれて、自分でなにか選ぶ自由を消してくれれば」そんな思いから入院を決めました。

バイトを掛け持ち、必死に大学に通って、ギリギリ乗っていた普通のレールを降りることとなります。キャリアよりも太る恐怖が勝って、何もかもを捨ててこの選択をしました。

この選択をする精神状況からも読み取れる通り、太る=死だったことがよく分かります。
退学しようが、貯金がなくなろうが全部どうでもよかった。ただ痩せた四肢を維持することだけが、私の生きるモチベーションでした。

入院前日まで過食嘔吐

冒頭で触れた通り、食べ吐きをコントロールできません。
日記には「治す」「退院したら罪悪感なくいーっぱい好きなもの食べる」と書いていて、
その奥底にある「この体重の維持」は、書いていません。
葛藤もすごく、目的をすり替え、この病気に依存していることを自分でも恥ずかしいと思っていました。

「ありえないあたしの胃 死ね」

入院中の自分ルール

スロトレや筋トレ、マッサージ、つま先立ちなど、入院中にやるルールを作っていました。
少しでもカロリーを消費するよう、考えて、できるだけポジティブにそれを書いています。
「ナイスバディ計画」と称したそれは、退院まできっちり続けています。
なんとお風呂が結構大事なアクティビティです。入れる日と入れない日があるので、入れる日はここぞとばかりにお湯の中でマッサージをしていました。

とにかく暇

とにかく暇だったことは、日記を見ずとも覚えています。
「雑誌でも読むか、てダイエット雑誌しかない!笑」という一文がありました。
ダイエットサイトや雑誌による情報収集は毎日していました。
メイクや服にかけるコストを節約して、FYTTEをよく買っていたのを覚えています。
この雑誌には、カロリーを記入する小さなノートが付録で付いてくるので、それに記録をしていました。完璧主義なので、吐いたり気に食わないことがあったらすぐ日記を新しいものに変えていました。

人との出会い

北棟516号室。本当にいろいろな人と出会うこととなりました。
パナソニックに勤めながら、有給でガンの治療に来た人、精神を病んで私に手紙を渡してくる人、折り紙を一緒にしたおばあちゃん、同じ病で、夜中にこっそり食べ吐きする人。
共通して言えるのは、誰とも、退院後につながっていないということです。

1日1800kcal、6日目で迎える限界

体重計のない不安、吐けない不安、嫌でも自分を見つめ直してしまう余った時間。自傷できず、安定できずな毎日。太る恐怖で泣いてばっかりいました。早く帰りたいばかり書かれている日記を見て思い出しています。
1800kcal非嘔吐摂取なんて、前はどうやって生きていたんだというくらい想像がつかなくて、食後30分はトイレに行ってはいけない決まりの中、ただただ後悔して泣く、を繰り返していました。


ロールシャッハなどの性格検査や、胃カメラを始めとする身体検査。
行動範囲の制限や、決まった食事と管理された生活による3週間、無事退院を迎えることができました。

結局私は、退院後も過食嘔吐をしてしまって、劇的に変わることはありませんでした。
でも、入院して学んだ「事実」は、大きな糧になったと思っています。

  • 1800kcal食べても太ることはない
  • 下剤を飲まなくても太ることはない
  • 3週間非嘔吐、非下剤で過ごせた
  • 人と話すことができた
  • 過食嘔吐ではなく、自分を振り返ることに時間を使えた

たとえ前と同じ生活に戻っても、この事実は、私を支えてくれました。
踏みとどまらせてくれたこともあります。

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