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食べ吐き、辞めて良かったこと

脱毛/無月経/口が歪む?、摂食障害の影響記事であげた身体の不調が良くなるだけでなく、日常生活が楽になったことも多くありました。

私もそうでしたが、今はここに挙げることなんて「どうでも良い」「いらない」と思うかもしれません。人の幸せなんて、周りの環境や状況で簡単に左右されます。もちろん自分自身にも。
いつかこの中の一つでも、共感してくれると嬉しいです。

摂食障害になった人は、ならなかった人よりも幸せを多く感じる器があると思っています。
ただご飯を普通に食べることができれば、それはもう称賛に値する行為で。
幸せのハードルが下がるので、たくさん苦しんだ分、ちゃんとたくさん笑って過ごせるようにできています。

食事を人と楽しめる

患う前には当たり前のようにできていた、「同じ量、同じものを、誰かと食べる」ことが再びできるようになります。
吐くために早く帰ったり、食べた瞬間から時限爆弾がお腹に入っているような罪悪感で気がそぞろになることもありません。
目の前にいる人も、体型や食事量の「比較対象」から、「対等」に変化していきます。今まで比較して、自分を安心させるための存在だった誰かが、本当に大切な人に変わります。
もちろん、誰かが自分のために作ってくれた料理も、今まで以上に美味しく食べることができるようになります。逆もしかりで、料理が普通にできるようになり、味見ができて、とても幸せでした。
3回の地獄が、徐々に薄れていくことほど嬉しいことはありません。

「お腹いっぱい」が帰ってくる

摂食障害になってから、空腹と膨満感が振り切れ過ぎておかしくなってしまいました。
胃酸で胃が痛いことに安堵し、はち切れんばかりに詰め込むことに慣れて、空腹と満腹は都市伝説とすら思っていました。
本当に徐々に徐々に、ときには我慢しながら、失敗しながら、「お腹いっぱい」が戻ってきます。それも幸せな満腹が。
不安や罪悪感は、今ではかけらもありません。

お土産を喜べる

人からもらう食べ物は、全部捨てていました。
申し訳ないな、カロリー計算すればいけるかも、やっぱり怖い、怖い怖い…、ごめんなさい。
何よりも嫌いだった「一口いる?」や「○○に行ってきました」を、笑って受け取ることができるようになります。
許可食以外、カロリーが分からないものも食べられるようになって、それを食べても全然大丈夫なことを身を持って知ります。
今まで抱えてきた懺悔の念から解放され、優しくなれるので本当に良かったです。

グレーを許容できる

摂食障害者には、ジャッジメントチェーンばりのルールがいくつもあって、ほんの少しでも違反をすると死ぬほどの罰を受けなければいけません。0か100かの世界を、ギリギリで生きています。
ルールを定めるのは自分であることを再認識し、その数や縛りがゆるくなっていきました。
お腹が空いたら何時でも食べていいし、一食抜いてもいいし、1日500kcalに収める必要もありません。運動できなくても、食べすぎても、「まぁいっか」と笑える日常は、とても穏やかです。
特別を手に入れたくて、愛されたくて、必死で縛らなくても、生きていて良いんです。

断薬で心が安定

たくさんの薬と、不安時のODと。
本当は生きたいから、ふとした瞬間に押しつぶされそうなくらい不安になっていました。
私は自己断薬してしまったので、しばらく手足のしびれやめまいに悩みましたが、それも2,3ヶ月でなくなりました。
精神薬は切れたときが不安で、下剤は効きはじめたときが不安で、外出時はいつもヒヤヒヤしていましたが、今はそのストレスもありません。

SEXを楽しめる

昔、地味に苦痛だったのがこれです。まず濡れない…そして気持ち良くない。
とりあえずしておけば良いと思っていました。必要とされていることで安心はしていたので。
ひとつのツールとして存在していたSEXが、そうでなくなります。


過食嘔吐をやめてから、「ありがとう」の回数が増えました。
自傷跡や胸が小さいことなど()後悔していることもたくさんありますが、この経験が必要だったとも思います。どうかこれからも、否定しないで生きたいです。


私でよければお話しましょう:D

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