PROFILE

人生のハイライト、10個

自己紹介がてら、人生のハイライト10個を。恥の多い生涯を送って来ました。

1. 1999年(小学校5年生):ごはんを吐く、捨てる

父親がアル中・DV・性的虐待の絶対唯一神。知らずしらずのうちに普通を捨てる。
ご飯を粗末にした自覚のある行動は、このときが初めて。
口に含んで、くしゃみや咳をしながらティッシュに吐き捨てる行為をし始める+縄跳びを好んですることで、とても痩せる。なので伸び盛りの背が150cm前半で止まる。
ティッシュに吐き捨てるのは背徳感があって、父の前というスリルも相まって、辞められなかった。

2. 2000年(小学校6年生~中学2年生):初めてのパソコン、初めてのエロゲ

FLASH黄金世代。携帯なんてものはないので、パソコンを使ってYahooオセロでチャットしたり、3年ロムってルールを学ぶ。ブラインドタッチを覚えたのもこの頃。
おかげで今も、インターネッツの大海原を彷徨って、その日暮らしするには十分な餌を得ている。

3. 2002年(中学2年生):渡部くんとお付き合い

NOを言って誰かに拒絶されるのにひどく恐怖がある&自己卑下がすごい時期。はじめて告白されて付き合うも、”フツウ”がこれほどまでに遠い世界だと知ることとなる。初めて深い絶望だけでなく羨望と憎悪を世の中に対して抱く。

4. 2004年(高校1年生):あの娘は、どこかの誰かと援助交際

自分が女を提供すると金になることを学ぶ。何もないから性を安売りする。愛情もクソもない。
アフターピルに何度かお世話になる。

5. 2005年(高校2年生):親の離婚

私が引き金なので今でも時々夢に見る。もう物理的にも心理的にも痛いことはないはずなのに、ずっと痛い状態が続く。

6. 2007年(19歳):ようこそ拒食症、こんにちは過食嘔吐

体重が減るにつれて、どのくらい食べて良いかわからなくなり、怖くなり、ごはんが食べられなくなる。過活動、強迫性障害、解離性人格障害、いろいろなものを隠しながら、バイトや大学に通う。
王道通り過食嘔吐に移行し、帰り道、トイレの駅で待ちきれずに過食嘔吐したり、コントロールがだんだん効かなくなっていく。ドロップアウト寸前(このあとするが)いつもギリギリ。

7. 2009年(21歳):大学中退、北の大地で速攻自殺

もう違う土地に行こう。そうして釧路に行ったが快方に向かうはずもなく、最低賃金は安く、ODしている間に腕を縦に切る。
どこにいってもずっと痛い、20針の傷で感じる痛みなんてこんなものかと思う。人生を諦める。
時を同じくして低体重で入院。退院後すぐにコアラのマーチを1箱食べたことが不安で10kmウォーキングした後過食嘔吐。ずっと管理しててよ!とわけのわからない怒りを抱える。

8. 2010年(21~22歳):長生きしたくない、私フリーター

食費が足りないので、オナクラ、バーテン、IT、芸能事務所事務、金になりそうなものに片っ端から手をだす。
聖水オプションでお客様から「君のおしっこの味がやばい」と言われ不安になりつつ、薬がやめられない毎日。

9. 2014年(26歳):就職できた

バイトから昇格する。
過食嘔吐と下剤乱用でかろうじて普通に擬態し、ごまかす日々で痔になる。働けど貯金はマイナス。暮らし楽にならず。

10. 今

これからのことは、どうなるか分からない。
事実過食嘔吐にも「完治」は存在しない。ただ、今、私はいろいろなものを食べて、笑って過ごせている。絶対一生囚われて生活すると思っていたのに…起こっていることも感情も自分が自分を一番理解できず、葛藤した結果、文字に残すことにした。
そしてカルマの多い人生だけど、普通に生きていることを、誰かに話したくて。
そして、話も聞きたくて、残したくて、色々なものを。そう思っている。


私の幸せも、私の不幸もわたしが決めるのに、上のハイライトを誰かに伝えた途端、「かわいそうな人」としか個性を認めてもらえなくなります。
私は今も可哀想なのか、そうではないのに。といつも思うから、可哀相以外のお話を、あなたとしたいのです。


私でよければお話しましょう:D

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